2016年07月11日

天から降ってきた言葉

【今日、天から降ってきた言葉】


僕は今、かなり楽しく仕事ができています。
忙しくても、もっと仕事がしたいと思えるほど。


でも、もっともっと自分の仕事を濃くしていきたいんです。
自分の気持ちが向いている方向に、正確に、精密に、フォーカスを合わせたいんです。


これまで僕は、心の中でその行為を「蒸留」と呼んできました。
濃度を濃くしていくイメージを、そんな言葉で考えていました。


ところが今日、ふと違う言葉が天から降ってきました。


今の仕事は、かなり楽しいです。
例えるならば、18金くらいかな?
それを、24金にしたいなぁ、というのが今の目標なんです。
「18金を、24金に」
そんなイメージが新たに湧いてきました。


やれるかな?
理想に過ぎないかもしれないけれど、でも理想の方角を目指してみたい。
「難しい」とか「みんなそんなのできていない」なんていうのは、自分にとってはできない理由にはならない……それはかなり昔から思ってきたことです。


やってみよう。今より1%でも近づけるのなら進歩だし。
見てろよ〜って感じです!
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2016年01月19日

牛丼チェーンの割り箸が落ちているのを見て

静岡の地下道で、某牛丼チェーンの割り箸が落ちているのを発見……


きっと「お持ち帰り」の袋から落ちたんでしょうね。
さて食べようとしたときに、お箸がないことに気付くのでしょう。
そして、もしかしたらお店に苦情を入れるのかもしれません。


「割り箸が入ってなかった!」と。


お店の人は、「確かに入れたはず」って思うのかもしれません。
もしかしたら、絶対に入れ忘れないような仕組みができているのかもしれません。
大手のチェーンですからねぇ。漏れなく割り箸を入れる「何か」チェックの入る仕組みがあっても、不思議はありません。
ひょっとしたら入れ忘れるはずのないお箸。それが、入っていないというクレーム……
でもお客様からのクレームです。きっと平謝りするんだろうなぁ。
そして、お客様は「今度から気をつけてよ!」なんて言うのかもしれません。


こうして誤解が生まれるのかな?


そんなことを考えながら、誰も嫌な思いをしなければいいなぁとつい思ってしまった昨日でした。
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2015年07月22日

罪作りかもしれない「パッシブな相談窓口」

こんにちは。ワークイズ代表の桑原 祐介です。


このところ、いじめ問題と企業内の人間関係の問題には共通の課題があるのだろうと感じる場面が多々あります。

「いじめられたら先生や大人に相談を」という意見を聞いて、そういえば企業でも「当社では相談窓口を設けています」なんていう話を聞くことがあるなぁ、と思いました。

でも、パッシブな窓口では実際に企業内の問題をすくい上げられる率は、とても低いのではないかと思うのです。

これは経験上、感じていることなのですが、待っていて飛び込んでくる相談よりも、こちらから水を向けて「実は……」と口を開くケースの方が、圧倒的に多いのです。会社勤めをしていた頃も、独立してからも、どちらもそうでした。

そして、こちらから水を向けなければ話さなかったであろう悩みも決して軽いものばかりではなく、重い悩みだったケースはいくらでもあります。

きっといじめ問題も同じなのではないか、そう思うのです。

企業も学校も、「相談窓口を設けている。何かあれば相談してくるはずだ」という考えは幻想に過ぎません。
それどころか、受け身な相談窓口を設けてしまったばっかりに「しっかり対策をしている」と慢心してしまうことの方がよほど危険なことであるように感じます。

「相談しない方が悪い」のではないのです。
人間なのだから。声をあげられない人もいれば、諦めてしまっている人もいます。憔悴しきって正常な判断ができない人もいます。
「声掛け」大事だと思うんですよ。
だから、僕は従業員との面談を大切にしたいのです。
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2015年07月16日

「私はそのようには認識していない」だなんて。

こんにちは。ワークイズ代表の桑原 祐介です。

岩手の中二いじめ自殺の件で、たくさんの方々がいろいろな立場から、それぞれの思いを綴っていらっしゃいます。
強硬な意見や批判的な意見、その他いろいろありますが、その根本にある感情はやはり「死なせずに済む方法はなかったのか」「このままではいけない」という「人としての温かい気持ち」という点において、共通なのだと感じます。

今日は少し辛口で。

この件がそうだというわけではないのですが、何か事件が起きてしまったときや失言に対する弁明を聞くとき、「私はそのようには認識していない」といった意味の発言を耳にすることがよくあります。

でも、この種の言い訳を通すのは、そろそろやめにしたいなぁと思うんです。

だって、本当に常識とはかけ離れた認識しかできないのなら、その任務(それは時に教師だったり校長だったり政治家だったり医者だったりその他の職業だったりするのですが)から降りてもらわなければならない「適性のない人」であると判断せざるを得ないと考えるからです。

事件が起き、ニュースで会見の風景が流れて、当事者の「私はそのような認識は持っておりません」などという発言がなされ、そして被害者が唇をかんで涙し、ニュースを見た私たちもやり場のない気持ちを抱く……
何か、腹が立つじゃないですか。

ちゃんとしたいですよね。だって、大人なんだもの。
子供たちは、見ています。
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2015年07月06日

駐車場にて

こんにちは。ワークイズ代表の桑原 祐介です。


先日、駐車場にて……
僕の前の車が、駐車スペースを発見し、車を停めようとしたので僕が停車して待っていると、後ろからクラクションを鳴らされました。
こちらがミニバンに乗っていたので、僕の前の車の状況が見えなかったのでしょう。
ふと……世の中の「怒り」って、こんな風に誤解から生まれるんだろうなぁと思ってしまいました。

150706.jpg


と、ここまで書いて、さらに考えてしまいました。
もしかしたら、僕は停車していたからクラクションを鳴らされたのではなく、僕は何かマズイことをやらかしていて、それで鳴らされていたにもかかわらず、気づいていないだけだったのかもしれない、と……
考えすぎでしょうかねぇ。
posted by work-is at 18:16| Comment(0) | 日記